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街道筋の町並
この宿場町は、12世紀頃からあったらしい。17世紀始めに徳川幕府によって体裁が整えられ、参勤交代で使う本陣などもできたそうだ。

19世紀前半には、旅篭が33軒‥‥。

この、東西500メートルほどの小さな宿場町に、である。

とても栄えていた宿場町らしく、このあたりは神社仏閣も多く、昔の人通りの多さを思わせる家も少し残っている。
またここは、観光地ではないだけに、普段着の暮らしがさり気なく見えるのが、とても印象的だ。

かえで


宿の果て・芥川
芥川橋/緯度34'50'52'03 経度135'36'37'35
宿場町の東の果ては、穏やかに流れる芥川。

このあたり、古代国家が成立する頃にはすでに、北に見える丘のあちこちに古墳が並び、平野では稲穂が青々と風に波打っていた、それはきれいな眺めの場所だったとか。
そう、奈良や大阪南部に押されてあまり知られていないけれど、高槻という場所は、全国でも有数の古墳地帯なのだ。

豊かな緑の平原に、小さな丘のような古墳群。
そうしたおおらかな風景の中に、何本もの槻の木(榎)がそびえていたから、この地のもとの名前「高月」が「高槻」と変わったという説もある。

この日も、太古の昔からそうだったように、緑濃い山から川を渡ってきた風が、まだまだ散策を続ける私を、さわやかに出迎えてくれた。

さてと、どこへ行こうかな‥‥風は、南‥‥
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