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秋の始まり

 僕にとっての紅葉は北アルプスからやってくる。 9月下旬、街がまだ残暑でうだっているそんな季節に、標高3000m級のアルプス の山々はもう秋の色に染まる。

 この時期になると僕は居ても立ってもいられず、その錦繍の山々に 想いをはせる。けれども夏休みでもなく、冬休みでもないこの時期には、のんびり山 行きなど楽しむ余裕は普通はほとんどない。週末を利用すれば登りにいけないことは ないけれど、休みが週末しかないのは誰でも同じ。紅葉名所といわれる山への登山者 の集中度は並大抵のものではなく、夏山を凌ぐ恐ろしさなので、とてもそこに突入す る気にはならない。小屋に泊まったなら畳一畳に3人なんていうのは序の口である。 だからこの時期に運良く平日の休みがとれたときは僕は必ず山に出かけるのだ。

上高地へ

 北アルプス随一の紅葉の名所といわれるのが涸沢で ある。涸沢は前穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳に囲まれたカール(氷河圏谷) である。お馴染の上高地河童橋から見える穂高の、その裏側といったほうが判りやす いかもしれない。標高はちょうど森林限界に相当する約2500m。ダケカンバの黄 色、ナナカマドの赤が穂高の岩峰をバックに映えて一際美しいというのが紅葉の名所 といわれる所以である。
 ひさびさに平日の長い休暇が取れた僕は、涸沢への山行を計画し た。9月27日、涸沢への登山口となる上高地に入る唯一の車道の災害のための通行 止めが10日ぶりに時間制限で開通した。そして僕は災害仮復旧後の一番バスで上高 地に入った。

 空いている。当たり前だ。車道を歩いて工事現場を通行するか、 もしくは他の登山口から一山歩いて越えるのでなければ、昨日まではここへは入れな かったのだ。これで紅葉が良ければ、悠々と紅葉見物が楽しめて言うこと無しという ところなのだが・・・

 しかし、世の中そうは甘くはなかった。実はもう既に「今年の紅 葉は残暑のためひどく遅れ気味で、しかも紅葉の状態はあまり良くはなさそう」とい う情報が入ってきていたのだ。そしてさらに前日、自ら乗鞍岳に出かけて紅葉のあま り芳しくはない様子をこの目で確認してきてしまったのである。
 紅葉は毎年することはするのだが、その鮮やかさには年によって 大きな差がある。標高の低い山にくらべ、高山ではその差はとても大きいのではない かと僕は思う。春〜夏の気温、残暑の程度、台風有無 etc...さまざまな条件で紅葉 の出来が左右されるのだ。そしてもう一つ・・・紅葉のピークの時期も極めて短く、 例えば紅葉しきらないうちに雪が降って終わりということもある。
 涸沢に入るのはよそうかな・・・。なにしろ順調に歩いても上高 地から片道6時間以上の行程である。そんな苦労をして行く価値があるのか? とも 考えたが、たとえ紅葉が今一歩でも、久しぶりに涸沢カールに立って穂高を見渡した い・・・そんな気持ちは抑えることができず僕は涸沢目指して歩きだしたのだった。
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穂高連峰
1999.9.27 上高地 LML



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まだ夏模様 遠方は焼岳
1999.9.27 上高地



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まだ青々とした木々
1999.9.27 上高地
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紅葉の屏風岩
1999.9.28 LML

涸沢の思い出

 思いかえせば18の夏。僕の北ア ルプス・・というより始めての山登り体験がこの涸沢だった。
 僕は自然保護監視員として北アルプスに入り、営林署の職員と、そ して同じアルバイトのメンバーとともに横尾谷を登った。若いし軽い荷物だったし、 また、いろんなことを教えてもらいながらのゆっくり登山であったためか、辛いとか 苦しいとかいう記憶は全く無い。
 そうして涸沢のヒュッテに着いた日は曇りであったが、翌朝は雲一 つ無い青空。カールをぐるりと取り囲み、青空を突き破って聳える穂高の鋭峰に僕は 圧倒された。
 山との・・北アルプスとの・・穂高との始めての出会い。あれから もう18年になる。そして僕はいまだに山に登っている。


 その後もなんどか涸沢を訪れることがあった。そのうち秋は2回。 1984年と1994年だ。そのどちらとも紅葉がなかなか優秀な年だったと記憶し ている。だから僕はあまり紅葉が冴えない涸沢というのを知らないのだけれど、聞い た話ではここ数年、紅葉は不作らしい。
「もう紅葉する遺伝子を忘れちまったんじゃないのか」
なんて言う人もいるくらいだ。


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全然秋らしくない涸沢・・・左が涸沢岳、右が北穂高 岳 右下の小屋は涸沢小屋 1999.9.28 LML


やはり今一歩の紅葉

 長い登りで足が棒になり かかった頃、ようやく涸沢ヒュッテが近づいてきた。穂高には雲がかかっている。い つもなら燃えるように赤いはずのヒュッテの下のナナカマドがオレンジ色や茶色にな っている。逆にまったく緑のままという個体も目立つ。うむむ、これでは流石に辛そ うだ。

 途中随分道草をしていたので、時間はもう日暮れ。泊りはテント。
 テント場はもちろんがら空きだ。混んでいるとかなり荒れた場所に 張らざるを得ないこともあるけれど、さすがに今日はそういう心配はない。

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ダケカンバの黄葉と前穂高岳
1999.9.28


 僕のテントはもう17年使っていて、かなりくたびれており、あ ちこち補修テープだらけ。でも中に入ると自分の家に帰ってきたような気になる。急 いで飯を作って食って寝る。
 あっいやいや、寝る前に明日の撮影準備。
 アルコール類をやらない僕が夕方することはそれだけだ。

 夜は満点の星。これもまた山の醍醐味。


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朝焼け 1999.9.28


 翌日は快晴で、改めて眺めると季節は9月の中旬という感じ 。錦繍のつもりが初秋だね。でもなんとか秋っぽくと思って工夫しながらあれこれ撮 る。カメラマンは何人か登っているはずだけど、僕ほどに枚数を撮るカメラマンは居 ないようだ。紅葉の時期では無いと諦めて撮影はほどほどにしているのかもしれない。


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目一杯秋らしく努力してみた結果がこれです。
1999.9.28

 考えてみれば紅葉のピークだけが 涸沢ではない。他の季節も涸沢であり、季節の狭間もまた涸沢なのである。美しいの は紅葉だけではない。だって、夏だってこの景色に十分満足しているじゃないか。緑 も黄色も茶色も涸沢の色であり自然なのだ。「紅葉の名所」「錦繍の涸沢」というキ ャッチフレーズが先行し、派手な紅葉のイメージを持ちすぎて僕らはここに来すぎる のだ。

 先入観の無い素直な目で自然を見つめたい。そうすれば腐らずに済 むし新しい発見だっていくらもあるはずだ。やっとそう思えるようになったのは残照 がまだ槍ケ岳に残る二日目の夕方あたりからだった。今度は紅葉が終わりカールが雪 に埋もれる季節に訪れたいと思う。

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秋たけなわの北岳へ

 去年は10月3日に北岳に登った。その ときにはやや紅葉には手遅れかというような状態であった。そこで今年は紅葉10日 遅れと見て、10月11日に北岳に向かった。

 自宅から北岳の登山口である広河原までは約2時間。関東からの アクセスとは違い、往きも帰りも地獄の渋滞には巻き込まれないから、普通は楽勝に 山頂までの日帰りができる。けれども今回は撮影が主目的。僕はあえて山頂は目指さ ず紅葉の具合の良いところを探しながら歩くことにした。

良いか悪いか

 予想通り大樺沢二俣あたりから小太郎山の森林 限界にかけてが紅葉のピーク。
昨年の10月3日よりもまだ紅葉の進みが遅いという印象を受ける。 ここでもやはりナナカマドの色づきは今一歩で、オレンジ色ややや黒っぽい赤のもの がほとんどだ。
 だから登山者の反応は
「いやぁ〜紅葉よいですねぇ〜」
「いやぁ〜紅葉ダメですねぇ〜」
の両極端だ。後者はカメラを持ち歩いている登山者に多い。ナナカ マドが赤くないということが彼らにとってはもっとも重要なポイントとなるのだ。

 しかしまあ、ナナカマドの紅葉なんて、ナナカマド本人にとって みればどうでもよいことなのに違いない。花が咲かないと子孫が増やせないから困る が、紅葉なんかしなくたって、特に不都合があるとは思われない。だからその紅葉が どうのこうのなんてのは、人間様の我儘なんだろうね。
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北岳と紅葉
右のナナカマドは本来は赤くあってほしい
1999.10.11 LML

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    富嶽仙人
     昭和38年生まれ
     富士宮市在住
     信州大学在学中に山と自然と写真に目覚める。
     富士宮市に移住後も富士山を主たる対象として写真活動を継続中。


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