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5月に入るとめっきり富士山が見えなくなる。
こんな近くに住んでいてもだ。
気にかけていなければ、その存在すら忘れてしまうくらいである。


第四回 初夏の富士山

 僕らの目が離れている間、先月までに積もった雪はどんどん融け、たまに顔を覗か した富士山はもう4月のそれとはすっかり別人、いや別山になっている。

 ときどき、晴れて見通しの良い、とんでもなく暑い日がある。そんな日に富士山を 眺めていると、みるみる雪が解けて残雪の形が変わっていくように見える。実際はそ う見えてはいないんだろうけれど、見えているような気がするんだな。でも夕方見る と朝よりは確実に雪が無くなってる。ほんとか? う〜ん、連続写真を撮っておけば よかったんだけど。

新緑の季節

僕は不真面目な写真家だからもうこの時期は朝の写真はほとんど撮らない。なんでかって? だって日の出が早すぎるでしょ。冬だったら6時に撮影場所に着けばいけれど、今の時期は4時にはもう明るい。それに麓からだと霧がかかって富士山が見えないことが多いから、高いところまで登らなきゃいけない。だからもの凄く早く起きなきゃ・・・というか夜出なきゃいけないんだな。で、それでもいい条件の日は少ない。だから、よっぽど気が向いたときじゃないと朝は撮りに出かけないんだ。

 新緑の季節、日を追う毎に山の色が変わっていくのがわかる。冬枯れの茶系統の地 味な色が緑に変わっていく。そんなのを麓から眺めながら、あの山道、あの稜線は新 緑が綺麗だろうな、歩いたら楽しいだろうなあ、と思いを巡らせる。

 富士山の北、河口湖や西湖の背後に連なる御坂山地。厳冬期にはもちろん富士山の 好展望地になるこの山域の山々は、この時期に歩きたくなる山の代表でもある。富士 山の展望地としてあまりにも有名な三つ峠山もこの山域の東の一角。太宰治で有名な 御坂峠は三つ峠の西側の鞍部を越す峠だ。
 大抵の登山口から稜線までは1時間から1時間半くらい。あとは好きなだけ歩い て適当なところから下れば良い。御坂山地はそんな感じの山域である。
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  富士遠望
    1999.5.30 八ケ岳山麓より



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    3D地図上GPSで記録したルートを標示させたもの。
    100m 程度の誤差が出るのでときどき稜線から
    落ちてしまうのが御愛嬌。
    国土地理院刊行数値地図50mメッシュ(標高)を使用
    数値地図ビューア(Mac)で描画


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    新道峠からの富士山 99.5.22


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    新道峠の新緑 99.5.22

御坂・新道峠

 御坂山地の主峰「黒岳」の西側に新道峠という名の 峠がある。ここは北側の芦川村から林道が伸びており、なんと稜線まで徒歩2分程度 のところまで車で行けてしまう。峠からの展望は極上で、軟弱派のカメラマンにとっ てはうってつけのポイントになっている。今日は新緑を求めて僕はこの峠にやってき た。

 今回は新しいツールを持ってきた。それはGPS。カーナビと同じ原理のあれであ る。GARMIN社のGPS12という型で、旧型で安かったので手に入れたのだ。しかし、こ んなものは持っていてもほとんどなんの役にも立たない。モニターに歩いた線が書か れていくぞー(左上の図中の赤いラインがその線を3D地図上に写 したものである)というだけである。こんなところで迷うわけもないから、 自分の位置を知る必要も特にないのだ。まっ・・・まあいいじゃん。 ただ、目的地まであと何kmという表示が出せるのは気分的に役に立つかもなあ。

 少し前に林道の終点についたとみえ、僕がそこについたときにはごそごそ準備を始 めていた、大きなザックを担いだカメラマンと言葉を交わしながらひと登り (もしないうちに峠についちゃうのだが)。彼は峠につくなり中判 カメラ(普通アマチュアが使うカメラより大きなサイズのフイルム を使うカメラで、より奇麗な写真を撮ることができる。富士山を撮るカメラマンはア マチュアでもその手のカメラを常用する人がとても多い)をセットした。聞 けば僕の住む富士宮市の隣の富士川町の人であった。富士山を撮り始めたのはそれほ ど昔からでは無いようだが、カメラは沢山持っているらしい。なかなか本格的な装備 である

 僕は富士山は霞んでしまって撮ってもしょうがないやと思ったので、富士山とはま るで違う方向を向いて新緑を撮っていた。そしたら件のカメラマンに、「富士山より も樹のほうのカメラマンですか」といわれてしまった。でもさあ、富士山よりもこっ ちのほうが綺麗だとは思いませんか? ねえ、どっちがキレイと思う? (左の写真)

 僕は冬には富士山の写真が五割以上を占めるか もしれないけど、五月から十月くらいまでは富士山の写真は五厘にも満たない。


 僕はとりあえず黒岳方面に向かって歩 き始めた。黒岳はこれまでに御坂峠からと芦川村からとの二方向から登っているけれ ど、この道は初めてだ。歩き始めの地点がすでに稜線上だから長い登りはなくアップ ダウンが少々あるだけの楽な道。

 山の初心者をハイキングに連れてきていたおとっつぁん曰く、黒岳から大石峠にか けての御坂の稜線は富士山写真家のメッカであるということらしい。見ると、ところ どころに三脚を立てるのに都合の良いスペース(裸地)がある。三脚を立てるのに・ ・・などと表現するのは僕が写真を撮る人だからで・・・要するに弁当を食うんのに ももちろんグッドなスペースである。写真家御用達の場所だから眺めは保証付き。

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初夏の花

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クルマバツクバネソウ

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ルイヨウボタン

さて、僕はといえばあ いかわらず富士山におしりを向けて這いつくばっていた。這いつくばっていたのは登 山道脇にスミレ各種(無学な僕には区別できない)、エン レイソウ、シロバナヘビイチゴ、チゴユリ、クルマバツクバネソウ、ルイヨウボタン などが咲き競っていたからだ。

 そんなことをやっていたので、黒岳まではずいぶんかかった。このピークを目的に して登ってくる人だけでなく、稜線を縦走する人にとってもここは一つの目標点にな っている。

 山頂は樹林に覆われ展望が無い(広くてお弁 当には適)が、ほんの少し富士側に歩くと展望スポットがある。山頂よりもス ペース的には狭いのだけれど、むしろこちらの方が山頂より人は多い。みんな座って 景色を眺めたり、お弁当を食べて一息ついたりと思い思いにくつろいでいる。

這いつくばっていた僕を追い抜いていっ た、新道峠で一緒だったカメラマンはすでにお弁当タイムに突入していて、「ようや くつきましたかぁ」などと声をかけられる。で、雑談モード。「あの山は赤石 (赤石岳=赤石山脈の名の元になっている南アルプスのほぼ中央にある大 きな山)ですかぁ」などと聞くところをみると、あちらのほうの山にも登る 人なのかもしれない。

 富士山はうっすらと浮かんでいるだけで写真を撮る ほどでもないので、僕は早々に引き上げることにした。で、引き返し始めた道端のハ ルリンドウを撮ろうと思ってまたかがむ。まったく今日はかがんでばかりだ。

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ハルリンドウ
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スズラン

 新道峠の登り口の近くにスズランの里と呼ばれる場所がある。名前の通りスズラン の群生地で5月末から6月にかけて花が咲く。まだ満開という状態には少し早かった けれど、それでも白い清楚な花を風に揺らせていた。




    富嶽仙人
     昭和38年生まれ
     富士宮市在住
     信州大学在学中に山と自然と写真に目覚める。
     富士宮市に移住後も富士山を主たる対象として写真活動を継続中。

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