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【ギンラン】(ラン科)

ギンランはキンランとセットで話題にされる。
きんさん、ぎんさんのようなものだ。
ギンランにはキンランの派手さはないが、野生ランとしての品格がある。

フィールドで見かけるギンランは5cm程度の草丈で、花も1〜2個しかついていない株が大部分だ。
あまり見栄えがしないせいか、盗掘されることも少ないように思う。
そのせいか、キンランよりも見かける頻度は多い。
このスケッチは、たくさんの花を付けた株に出会って描いた。
これだけ大きいギンランは、珍しい部類に入る。

ギンランとよく似た花にササバギンランがある。
花が白いためギンランと紛らわしい。
草丈がギンランよりも大きくのびのびしている。
上部の葉が長く伸び、花穂よりも上へ行く点が特徴だ。

キンラン、ギンランといえば、稲城ではやはり多摩弾薬庫跡地(キンランの項参照)が「名所」である。
他の場所にも出現するが、場所を特定することには躊躇いがある。
いい花ほど盗掘されやすいからだ。
その点、弾薬庫は、許可を受けなければ入れない場所なので安心できる。
こんな形でしか安心が得られないのは悲しいことではあるが。

先日、公民館が主催した観察会の講師を委嘱され、弾薬庫へ入る機会があった。
3月17日に下見を行った。3月24日が本番である。
私にとっては、2年ぶりの弾薬庫だった。
弾薬庫前の道路が拡幅され、それに伴って入り口付近の様子がすっかり変わっていた。
下見は小雨の寒い一日で、花もほとんど見られない状況。本番時に花はあるのだろうか。
樹木だけをチェックして、そそくさと引き上げた。

24日は打って変わって穏やかな晴天だった。
コブシ、キブシなどの樹木が咲き出している。草花も思いがけないほどたくさんの種類が咲いていた。
戦時中、弾薬庫の中で働いていた、当時のうら若き女性も参加されていて、そのころの様子を伺うことができた。これは貴重な体験だった。
昭和20年に大きな爆発事故があったという。
建物の土台は今も残っていて、コンクリートに爆発の痕跡が見られるそうである。

入り口付近は変貌したものの、奥の様子は以前とほとんど変わらず、豊かな自然がわれわれを迎えてくれた。
それでも、いつも昼食をとっていた広場の周辺でレクリエーション施設らしい工事が行われていた。
ショックだったのは、広場の片隅にあったエビネとサイハイランが姿を消していたことだ。
工事のせいなのだろうか。私の見落としなのだろうか。5月にはちゃんと花が咲いてくれたらラッキーなのだが。
例年、ギンランがたくさん咲いていたあたりは、工事もなく見慣れたたたずまいのままだ。
今年もたくさん咲いてほしいと祈らずにはいられなかった。

参加者から、「こんな良いところが身近にあるのに、気軽に入れないのは残念だ」との声があった。
私は日本人のモラルの低さを説き、「日本人が入れないから無駄な開発も盗掘も行われず、自然が残っている」ことを皆に話した。
皆もそのことに気づき、「そうよね〜」「やっぱりこのままがいい」と賛同は得られた。
が、それはとりもなおさず、日本人の自然管理能力の貧しさを認めたことでもある。
複雑な想いであった。